第2章 「何回だって言ってあげる」【梵天丸】
縁側に手をついて身を乗り出し、膝立ちになる。すると、人が来たことを感じ取ったのか、中で物音がした。
「えっと…だれかいますか?」
幼いながらも失礼の無い様に敬語で話す。真暁の教育の賜物だ。しかし返事は無く、冴は首を傾げた。
「もどりかたがわからなくなったから、おしえてほしいんです」
やはり、返事は無い。
「なかにはいっても、いいですか?」
「…ッだめだ!!」
ようやく応答があったが、怒鳴るような声に驚き、身を固くする。だがやがて、今の声が子供の声であることに気づき、冴は襖に近づいた。
「じゃあ、でてきて?」
「…いや、だ」
「じゃあ、はいるね」
「…だめ。だめだ…」
中の子どもは拒んでいるが、冴はそれを聞かず、草履を脱いで縁側の下に隠し、そっと襖を開けた。中は薄暗く、開けた襖から差し込む光と、僅かな灯篭の灯だけが部屋の中を照らしていた。冴は襖を閉めて部屋の中を見渡した。そしてある一点で動きを止める。
「あなたがごびょうきのひと?」
部屋の隅でうずくまっている小さな影。冴と同じくらいの年頃だと思われる。冴が近づくと、小さな影がびくりと震えた。
「く…くるな…」
「どうして?」
「…びょうき、だから」
その答えに冴は首を傾げた。
「よく、わかんない。どうしてびょうきだとちかづいちゃいけないの?」
「それは…」
本人もうまく言葉で言えないらしく、口をつぐむ。冴はすぐ近くまで行って座り込んだ。
「わたし、冴。あなたは?」
「…ぼんてんまる」
名前を教えてくれたことが嬉しくて、冴はぱっと笑顔になった。
「ねぇ、ぼんてんまる。かおをあげて?ぼんてんまるのかおがみたい」
「だめだ!!」
突然荒げられた声に、冴は再び固まる。
「どう、して?」
「…の、だから」
「え?」
「ばけもの、だから」
梵天丸の口から弱々しく零れた言葉に、冴の目が大きく見開かれる。
「ばけもの、なんて…だれが、そんなこといったの…?」
「…ははうえ、が」
「おかあさまが…?」
冴はまだ会っていないため、どんな人物なのかわからない。だが、本当にそんなことを母親に言われたのだとしたら、どんな気持ちなのだろう。言われたことがないからわからない。