第2章 「何回だって言ってあげる」【梵天丸】
奥州米沢城に、2人の客人が訪れていた。中国地方を拠点とする商人・高瀬真暁と、その娘の冴である。
真暁は時折、我が子を連れて遠出をする。6歳の冴にとっては初めての遠出だった。
到着したその日は長旅の疲れが出たのか、米沢城城主・伊達輝宗との挨拶もそこそこに、客間に着くとすぐに眠ってしまった。
そして、翌日。
真暁が仕事に出たため、冴は1人、庭で遊んでいた。故郷より遙かに遠い地の此処は、初めて見る物が数多くある。城や庭の造りが違えば、草木や花、虫などの自然物も違う。冴はそれらを見ながら駆け回るのに夢中になっており、いつしか部屋への戻り方がわからなくなってしまっていた。
「ここ、どこ…?」
呟いてみても周りに人の気配はなく、当然返事は無い。黙って立ち止まっているだけでは心細くなるばかりなので、冴はとにかく足を動かした。
きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、ふと、あるものに目を惹かれた。大抵の部屋が吹き抜けだったり廊下で繋がっている中、1つだけ離れた所に建っている、比較的小さめの建物。ごく普通の民家よりは大きいが。
そういえば今朝、「離れにはご病気の方がおられる。お身体に障るといけないから行ってはいけないよ」と真暁が言っていた。ここがその離れなのだろう。行ってはいけない。だが戻り方がわからない。周りに人がいない以上、ここに誰かがいるのなら、頼るしかない。冴は心の中で父に謝り、離れに近づいた。