第20章 甘い香りがする【長曾我部元親】
「取り込み中だから会えないかもしれない?」
ある晴れた日。四国岡豊城に出向いた冴は、見張り番にそう言い止められた。いつもなら「よくお出でくださいやした!アニキも喜びますぜ!」と喜んで入れてくれるのだが、珍しい事もあるものだ。さてどうしたものかと考えていると、前方から見慣れた人物がやってきた。
「隼人殿」
福留隼人。元親が信頼する部下の一人で、他の〝野郎共〟とは少し違う比較的落ち着いた人物だ。もっとも、彼も戦になれば好戦的だと聞くが。
「〝殿〟は結構だと…まぁいい。元親様が、呼んで来てくれ、と」
どうやら冴が来たのを上から見つけたらしい。隼人が伝言係になったわけだ。隼人が最初に〝あぁ〟言ったのは、主君である元親に対しては呼び捨てなのに自分には〝殿〟という敬称呼びだからだ。しかし冴は元親の事を昔からの友としてみており、元親にとってもそうだから、きかないし、止めさせない。隼人の事は戦人として敬っての呼び方だ。隼人はもう、半分以上諦めている。
「わざわざありがとうございます、隼人殿」
軽く一礼すると、冴は隼人の横を通り抜けて城の方へ向かって行った。冴の背を見ながら隼人がため息をついたが、彼女には聞こえていなかった。