
第13章 約束の地へ【伊達政宗】

目の前に、道が出来た。敵軍勢が倒れた跡でできた道だ。その道を作った人物を目の当たりにし、政宗はもちろん伊達軍の前衛皆が驚いた。
「女だと…?」
息を弾ませて俯いているため顔はわからない。右手には一振りの刀が握られており、その持ち手は、斬る事を目的としていない、逆刃。彼女の周りを見てみれば、呻いている者はいても血を流して死んでいる者は一人としていなかった。彼女はさらにもう一振り腰に携えており、こちらは刀身が少し短い小太刀のようだ。
「てめぇ何者だ?何の目的で邪魔立てしやがった?」
政宗が刀を構えたまま問う。すると彼女はひとつ深呼吸をし、顔を上げた。
「約束を、果たしに来た」
まず目に入り印象的だったのは、真っ直ぐな瞳と、額の小さな刀傷。どこか引っかかるような気がする。知っている、ような。
「…約束、だと?」
だが答えは見い出せず、刀は構えたままである。
「…やっぱり、か」
「Ah?」
何か言った気がしたが、その声は小さく、政宗には聞こえなかった。だがその切なげな笑みは、胸中のもやもやを募らせる。
「まさか…もしかして、もしか、する?」
政宗のものではない。政宗の後方からの声。政宗が振り向けば、政宗の親戚で伊達三傑の一人と呼ばれる伊達成実が歩み出て来ていた。そして小十郎もまた、成実の発言にはっと気づき、彼女を凝視する。彼女は驚きの表情を見せたものの、すぐにそれを苦笑に変えた。
「その、もしかする、だと思うよ、〝時宗丸〟」
「な…」
驚いたのは呼ばれた本人ではなかった。幼名なんてものは元服すれば呼ばれることはほぼなくなる。つまり幼い時を知らなければ、幼名自体知らなくてもおかしくはないのだ。なぜ、という疑問が政宗の内で尽きない。同時にもやもやが増していく。この気持ちは何だ。なぜこんな気持ちになるんだ。
「梵、わからないのか」
「…何がだ」
成実の問いの意味すら分からない。政宗の内でもやもやを通り越して苛々が募っていく。
「本当に、わからないのか?」
「失礼ながら、政宗様。本当に、おわかりにならないのですか?〝貴方〟が」
「〝俺〟、が…?」
小十郎にまで言われるが、答えは浮かんでこない。
「梵!本当に…」
「いいよ」
「えっ?」
成実が繰り返し政宗に問おうとした時、彼女が止めた。
「もう、いい」
「でも…!」
「いいんだよ。覚えてないんだから仕方がない。…また、出直す」
