第10章 名前を聞いていない【前田慶次】
桜吹き舞う京の街。祭が行われているらしく、屋台がいくつも並んでいた。
高瀬冴、18歳の一人旅。否、一人と一頭の旅。愛馬・彩輝は街入口の馬屋に預けてある。
安芸でももちろん祭はあるが、ここまで華やかで賑やかなものは初めてだ。露店も多く出ており、珍しい物が沢山あった。それらを眺めながら人ごみの中を歩いていると、ドンッと誰かに強くぶつかった。
「あ、すみませ…」
「いってぇなぁ。いきなりぶつかってきてよぉ。…ヒック」
「……」
ついてない。冴は正直に思った。よりにもよって酔っ払いにぶつかって絡まれるとは。元々悪党であるなら返り討ちにしてやるのだが、ただ酔っぱらっているだけの人は、根が良い人も多い。特に、今日は祭だ。酔っ払いがそれら中にいてもおかしくはない。
「どうしたぁ?」
「あぁ、嬢ちゃんがいきなりぶつかってきてよぉ」
増えた。
冴はため息をつきたくなったが、なんとかこらえた。男二人に、どんどん裏道に追いやられていく。周りの人たちの目には、彼女たちの姿は映っていないらしく、気付く様子もない。
(最悪…)
トンッと壁に押し付けられる。
「嬢ちゃん可愛い顔してんじゃねぇかぁ。オレたちと飲もうぜ?」
「お断りします」
「そんなつれないこと言うなよぉ」
(酒臭い…)
酒は嫌いじゃないが、こう変に絡んでくる酔っぱらいは嫌いだ。
「…お金を払えば満足ですか?」
「あー?そういう問題じゃねぇってーの!なぁ、オレたちと飲もうぜー?朝までなぁ」
(…下衆)
自然に顔が歪む。