第9章 ひまわりの笑顔【猿夜叉丸】
近江、小谷城。もうすっかり旅に慣れた冴は、10歳になっていた。そして、今対峙しているのは、浅井久政の嫡男、猿夜叉丸。もうすぐ元服を迎えるのだという。長期滞在ではないため、真暁はすでに仕事に出ており、部屋には冴と猿夜叉丸の二人きりだ。
「……」
「……」
どちらも何を話せばいいかわからないのか、口を開こうとしない。だが、部屋に二人きりになって小半刻が過ぎるころ、ようやく冴が口を開いた。
「あの、猿夜叉丸様…もうすぐ、元服を迎えられるそうですね。おめでとうございます」
「…あぁ」
ぺこりとおじぎをすると、猿夜叉丸はそれだけ返した。
「…えっと…」
「……」
「……」
「…冴、と言ったか」
「あ、はい」
再び沈黙が流れるかと思ったとき、今度は猿夜叉丸の方が話題を振った。
「私の事は呼び捨てで構わぬ。元服してもだ」
「…よろしいのですか?」
「構わぬと言っているだろう。その、敬語もだ」
猿夜叉丸は冴から顔を逸らしているが、その頬は少し朱に染まっている。つまり、照れているのだ。
「ありがとう!猿夜叉丸!」
それをわかってかわかっておらずか、冴は嬉しそうに笑った。顔を冴に向きなおしていた猿夜叉丸は、目を見開いた。いつも見せる、満面の笑み。初めて見た猿夜叉丸は、まるで花のようだと思った。
太陽に似ている、大きくて、明るい花。
「猿夜叉丸?」
見惚れて呆けている猿夜叉丸の顔を冴が覗き込む。
「ッ…!?なっ、なんでもない!!}
急に顔が近くなり、猿夜叉丸は顔を真っ赤にして後ずさった。鼓動が高鳴り、早鐘が身に響いている。
次第に落ち着いてくると、猿夜叉丸は一息ついて立ち上がった。
「少し、待っていろ」
「あ、うん」
それだけ言うと、猿夜叉丸はどこかへ行ってしまった。