第5章 それだけで 十分だから【梵天丸】↑後
ガサリ、と茂みが揺れる。梵天丸は反射的に立ち上がった。
「こじゅうろう…?」
茂みはガサリと揺れただけで、人が出てくる気配はない。人かどうかもわからない。梵天丸は恐る恐る茂みに近づいた。
「こじゅうろう…?冴…?」
茂みまであと少しのところまで来たとき、突然茂みが大きく動いた。
「!!?」
驚いた勢いで梵天丸がしりもちをつく。茂みから出てきたのは小十郎でも冴でもなく、風貌が悪く刀を手にした男だった。男が少しずつ近づいてくる。
「まさかこんなところに伊達家のゴシソクサマが1人でいるとはな。俺もついてるぜ。お前の父親は、お前にいくら出すかなぁ?」
「や…く…くるな…」
必死に後ずさりするが、心に反して体はほんの気持ち程度にしか動けていない。
「まぁ、ほんの少し傷付けるくらいなら文句言われねぇよ、な!!」
「!!?」
梵天丸の左目が大きく開かれる。その瞳に映るのは、振り下ろされる刀。
「ぼん!!」
その、視界に入った小さな影。その影は梵天丸と男の間に入り、小さく朱を散らした。そして、へたりと座り込む。
「チッ、邪魔しやがって。次こそは…」
「梵天丸様!冴様!」
男が再び刀を振り上げたとき、聞き慣れた声が駆けつけた。
「こじゅうろう!!」
「梵天丸様、ご無事で!?」
「冴、が…」
小十郎はすぐさま、梵天丸の前で座り込んで俯いている冴に目を向ける。部位はわからないが、朱が滴り落ちている。
「てめェ…」
「ひっ…!!」
小十郎が男に刀を向け、一応主の方にも目を向ける。どうやら冴の方に意識がいっているようだ。小十郎は梵天丸の視界に入らないように男を追い込み、一閃した。本当は連れ帰ってしかるべき処置をとるべきなのだろうが、幼い2人を連れていては難しい。さらに、1人は怪我人だ。小十郎は一息つき、梵天丸と冴の元に戻った。