第7章 サーカス
立ちすくむ綴に一瞥もくれず、太宰と敦は立ち去った。
あの頃の、まだ黒に染まっていた太宰を思い出す。太宰は黒がよく似合っていた。〝双黒〟は太宰がいなければ成立しない。
綴は今や未来にも踏み出せず、その場で足踏みを繰り返していた。綴のその姿は中也の足枷になって、ふたりそろって前に進めない。太宰に囚われたまま。
──けれど、嗚呼、今の太宰はどうだろうか。
今の太宰は敦とふたり、痛いほど前を向いている。なぜ、と訊きたくなった。古巣の人間たちをこうも引っ掻き回しておいて、なぜ自分だけ前を向けるの、と。
敦が現れてから、どうも綴には余裕がなかった。あるいはそれは、太宰のせいで。
ただ今はそれよりも、久作のことを最優先にすべきだった。中也が巻き込まれるかもしれない。久作が綴をもターゲットにするなら、狙われるのは確実に中也だ。
「──もしもし、中也? 森さんは久作を放ったよ。そして、久作はわたしを恨んでる。言うまでもないかもしれないけど……、気をつけてね」
三コール目で留守番電話に接続されてしまった電話口に、半ば縋るように声を吹き込む。
いつまでもくよくよしている暇はなかった。この抗争で、芥川や鏡花に危険が及ぶかもしれない。それを防ぐためにも、次は綴が仕事をする番だった。
──ありがとう、中也。
──中也のおかげで、間諜を特定できた。