第7章 サーカス
「怖いなあ☆」と余裕を含んだ声を残して、久作も列車の外に躍り出る。車窓の外へと視線をすべらせて、綴ははたと思い至る。
──だめ、外には人虎……敦がいる!
慌てて外へ走り出た綴の3㎝ヒールが悲劇を前にして立ち止まった。
そこに在ったのは、春野が地面に伏し、ナオミの頸を敦が締め上げている、最悪の光景だった。
──嗚呼、だから、だから言ったのに。
「人虎──敦!」
「ぼ…… 僕は何も ただ…… 守ろうとして、」
「敦! こっちを見て! 敦!」
敦は綴の呼び掛けにも一向に応えない。錯乱し、叫び声を上げている。その見るも無惨な情景を海馬のすみにでも残したくなくて、けれど目を背けてはいけない気がした。
敦は武装探偵社に拾われて、前とは違う〝力〟があると錯覚してしまった。いいや、その力があれば自分は無敵だと錯覚してしまったのだ。
久作の異能力『ドグラ・マグラ』は、異能力の中でももっとも忌み嫌われる〝精神操作〟の類だ。それは、誰の心にもある弱い部分につけ込む。
「ふふふ また遊ぼうね、太宰さん、綴ちゃん☆」
あとに在ったのは、絶望だけだった。
──
〝政府機関を引き摺り込む〟という言葉から、太宰が何をしようとしているかはわかった。綴はそれに気づきながら、援助も阻止もする余力はなかった。
「自分を憐れむな。自分を憐れめば 人生は終わりなき悪夢だよ」
綴はその言葉を、どこか上の空で聞いていた。敦に前を向かせるための言葉だった。頬を叩き、無理やりにでも前に進ませる言葉だった。
けれど綴には、その事実が残酷に思えてならない。孤児院育ちでついこの間まで虐げられていた少年に対しては、ひどく冷たい言葉だと思った。〝強く在れ〟と、それは呪いのように。
──なぜその言葉を、芥川にかけてやらなかったの。
それは綴にも言えることだった。芥川に何も言わず、冷たかったのは綴も同じだ。
けれど自分を棚上げしてでも、綴は太宰を責めたかった。
──芥川を救わなかった分際で、敦を救ってほしくなかった。
──敦が救われるなら、芥川が救われてしかるべきなのに!