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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス





「もしもし、森さん? ──あの〝厄災〟は、まだ座敷牢の中にいるんだよね?」



そうだと言ってほしかった。
いつか世界に大きな被害をもたらした〝厄災〟。それの恐ろしさを、綴はよく知っていたから。



「私は今の戦況を読み、最適解を選択した。それだけのことだよ」

「ふざけないで! 森さんの最適解がいつも正しいわけじゃない。森さんがいつも正しいわけじゃない! そうやって、──そうやっていつもいつも、森さんはわたしを──」



「愚弄するの!?」という言葉は、電話口に吸い込まれることなくその場に落ちた。聞き覚えのある、無邪気に世界を憎んだ声がこだましたからだ。

綴の発する空気が凍りついた。
〝それ〟は、災厄の声だった。



「こちらこそご免なさい。お怪我は?」




──どうして、〝Q〟を。


──そうまでして、この抗争を征したいの?




「──Q、いや、久作。ここは……、ここはあなたのいるべき場所ではないでしょう」



声が震えた。それでもなんとか、ナオミと綺羅子を列車の外へ押し出す。
綴はQが、夢野久作がもたらすものを知っている。それがまるで呼吸するかのごとく自然に災いを連れてくることを知っている。



「久しぶりだねえ、綴ちゃん。太宰さんと一緒にぼくを閉じ込めたこと、忘れてないよ。今すぐにでも〝壊して〟あげたい」

「──っ!」



久作は無邪気な悪魔だ。人間を〝壊す〟ことを、ままごとやごっこ遊びと同じように思っている。だから綴は座敷牢へ入れる選択をした。同じ考えだった太宰とともに。
そのとき、いったいどれだけの犠牲を払ったか知れない。それでもなお、森という男によって災厄は解き放たれてしまった。



──でも、綴ちゃんを壊すには、綴ちゃんじゃなくて、中原さんを壊さなきゃいけないよね。



たしかに聞こえた。綴にとってもっとも恐ろしいことが。

久作を封印したとき、先導したのは太宰と綴だった。それは、久作の異能は太宰相手には無力だったから。そして、綴は中也を侵さなければ壊れないから。それを久作は知っていた。



「中也に──中也に何かしたら、その頸へし折ってやるから」




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