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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス







「──乗って!」



あのあと、綴は持てる頭脳のすべてを使って自分が取るべき行動を考えた。

谷崎潤一郎は決して戦闘が得意ではない。異能力も、単体では強いと言いきれない。だから、国木田独歩と一緒にいると思った。太宰治と一緒にいても互いに邪魔になるだけだし、まだ異能を制御できていない中島敦と一緒にいるのはリスクが高い。

谷崎と国木田が一緒にいるなら、自分が行って何をしても戦いの邪魔をしてしまうだけ。なら、春野とナオミの逃げ道を確保して先導するのが役目だろうと。



「乗って! 早く!!」



彼女らに手を伸ばす。ふたりは明らかに戸惑っていた。綴は自分がマフィアであることを思い出した。



「疑ってしまうのはわかる! けれど今乗らなければ、谷崎潤一郎の危険はすべて無駄になってしまうの! それでもいいの!?」



ハッと表情を引き締めて、ナオミが未だ戸惑ったままの春野の手を取る。そのまま、綴の手をつかんで汽車に乗り上げた。



「ちょっとナオミちゃん!」

「私は兄様のために、ここで死ぬわけにはいきませんの! それに、彼女は兄様と私の命を一度救ってくださいました! 信じるには材料が足りませんが、疑うにも材料が足りません!」

「ナオミちゃん……」



ナオミの言葉に、綴は心が痛くなる思いだった。武装探偵社の者たちはいつも、目先のひとつで信用できると錯覚しがちだ。そして、目先のひとつで信用できないと錯覚しがちでもある。

現に綴は、マフィアである自分や芥川のような者を〝マフィアだから〟という理由だけで敵意を向ける人間を知っている。おそらくそれはとても純粋で当然の判断だと思う。けれど、殺意を持たないマフィアも在ると、その者は知らない。


ふいに、綴は厭な予感に身を竦めた。どこかで知っている感覚。いつか味わった緊張感。

──それは、〝厄災〟に似ていた。



「──谷崎ナオミさん、春野綺羅子さん。ごめん、もしかしたらわたしたちは、最悪の列車に乗り込んでしまったかもしれない」

「「え?」」



春野綺羅子が〝それ〟にぶつかったのは、ちょうど綴が確認の電話で背を向けたときだった。




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