第7章 サーカス
綴は知っていた。その、異能のせいで。
何もかもを憶える異能。言ってしまえば、すべてを忘れられない異能。それはつまり、忘れることの恐怖を知らないということ。
だからこそ知っていた。その、異能のせいで。
忘れられるということが、どれだけつらいかということを。
「谷崎潤一郎にとっての谷崎ナオミは、中也にとってのわたしだよ。この関係は、決して正しいとは言えないのかもしれないけれど、でも──
──決して壊してしまいたくない。願わくば、永遠に在ってほしい。忘れないでいてほしい。忘れ去られてしまわないでほしい。これは、わたしの業だよ。だから行くんだ」
中也は戸惑いながら、それでも迷っていた。あのとき、自分は誓ったではないか。綴に、もう二度と悲愴な顔をさせないと。
それでも、自分の居場所がマフィアにしかないことを、中也は知っていた。そして、自分がマフィアにいなければ、綴の居場所もマフィアにはないということも。
綴の哀しげな声を、中也はたしかに聞いた。
──ごめんね、中也。
中也が綴の名前を叫ぶのと、綴がその場を飛び出して行ったのは同時だった。
あとには、事情を知らない探偵社員と、悔しげな中原中也が立ち尽くしていた。
───
止める者も、必要だと思っていた。谷崎潤一郎の暴走を。それが吉と出るなら止めはしない。しかし、愛情とはいつでも正しいわけではない。
──だって、もしわたしが同じ立場なら、中也のために、喜んで世界を焼くだろうから。