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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス






「──待って!」

声をあげたのは、綴だった。


「中也、答えて。谷崎ナオミと春野綺羅子をどこへやったの」

「……首領の命だ」

「答えて!」



掴みかからんばかりの勢いで綴は中也に詰め寄った。綴は中也に対して、ここまで強気の態度で出たことはなかった。中也は混乱し、答えを躊躇っている。



『待て。その二人なら避難させて──』

「なら今すぐにその場所を離れさせて! じゃないと──組合の異能者が行ってしまう!」

「おい綴! 俺たちの仕事を忘れたわけじゃねえよなァ?」

「忘れたわけないでしょ! でもわたしは──」



綴の頬に涙が伝うのを、中也も、福沢も、乱歩も、与謝野も、誰もが見た。

かたちのいい瞼と長い睫毛から零れ落ちる涙を、こんなにも綺麗だと思ったことがかつてあっただろうか。白いブラウスも、青いスカートも、彼女の白い肌も、なにもかも、そこに綴がいる証明には足りえない。それくらい、儚く脆い。



「……わたしは、中也が大事だよ。ほかはどうでもいいと胸を張って言えるくらい。けれどわたしは一度、彼ら兄妹の、命を救ったの。救って、しまったの」

「……だから、どうした。俺たちのやることは変わンねえだろ」

「谷崎潤一郎にとって谷崎ナオミは大切なの! わたしが中也を大切に思うのと同じなの! そんなに簡単なことが、どうしてわからないの!!」



わかっていた。そこに矛盾があることくらい。知っていた。自分たちがマフィアであることくらい。



──けれど、それでも。



羨ましいと思ってしまった。谷崎兄妹の在り方を。自分と中也にはない、たしかな血の繋がりがあって、それなのにその関係よりもっと踏み込んだ場所にいることが。

少なくとも綴の目には、ナオミの感情は兄のそれとは違う、恋慕の情に映った。血が繋がっているのに、同じ苗字をしているのに、兄妹なのに、兄という存在を慕ってしまったナオミに、綴は深く共感していた。

──中也と自分の、報われない関係を見ているようで。



「わたしは、谷崎潤一郎にとっての谷崎ナオミを失わせたくない。これがマフィアの掟に反していることくらいわかってる! けどわたしは──たとえ馘首になっても、谷崎ナオミを守ってみせる」


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