第2章 かの女
しゅわしゅわと潮騒にも似た音をたてるサイダーをワイングラスに注ぎ、綴はまた、あの屋上からヨコハマの夜景を見おろしていた。
──ほんとうは、別離には酒なのだろうけど。
裏社会で生きる人間にとって、酒は常に身近なものだと綴は思っている。けれど、育ての親である森はどうにもそういったものには厳しかった。綴が未成年であるから、または森が医者であるからだろうが、中也が嘗めるほどに嗜むワインを、呑んでみたい気持ちはたしかにあった。
──やっぱり、サイダーじゃ味気ないかな。
ヨコハマの夜景はいつになっても美しかった。例の抗争で幾分か減ったけれど、それでも無数の光がこの街を形成している。
今夜、太宰が出奔する。
──さすがのわたしでも、少なからず時間をともにすれば、いささかの情も湧いたみたいだね。
綴はゆっくりとグラスをあおった。ぱちぱちと口の中でサイダーがはじける。
「太宰、やっぱりわたしは、きみのことが大きらいだよ」
──あぁ、聴こえる。
心音の悲鳴が、聴こえる。
綴はすべてから目を背けるように、耳をふさいだ。
ひとつの別れを生んだヨコハマの街は、相変わらず、きれいなままだった。