第2章 かの女
明くる朝。綴がいつもどおりの時刻に目を醒ますと、なにやら騒がしかった。
──あぁ、やっぱり、太宰はいなくなったのか。
昨日のサイダーは、ひどく味気なかった。それが別離の味なのか、はたまた綴が思っているより情が深かったのか。それはさだかではないが、ひとつだけたしかなことは、心の中に鉛でもあるように重いことだった。
──思ったより、せいせいしないものだなぁ。
「やっと起きたか。大騒ぎだッてのに」
部屋の扉を開けたのは、すっかりいつもの服に着替えて支度が万端の中也だった。
「中也──
──太宰、いなくなったの?」
ひゅっと、中也が息を呑む音が聞こえた。そんなに意外だろうか、と綴は中也を見つめる。
「やっぱり、知っていやがったか」
──いや、ちがう。なにやら思いもよらぬ方向に勘違いしてる気がする。
「知ってたわけじゃないよ。太宰はまったく情報をくれなかったから。ただなんとなく、そろそろかなって思ってただけ」
「それにしては、落ち着いてるじゃねェか。首領にも報告してなかったみたいだし」
──いやに疑り深いなぁ。なにが中也をそうさせているのだろう。
「〝例の〟抗争で、太宰はふたりの友人を失った」
「──ふたり?」
「ひとりは、海外異能組織で抗争の相手でもあった〝ミミック〟への間諜であり、その正体は政府の異能特務課からポートマフィアへの間諜でもあった坂口安吾。そしてもうひとりは──
──ミミックのトップと相討ちのかたちで死んだ、下級構成員の織田作之助。しかも〝佳い人間になれ〟という趣旨の遺言まで遺してる。
いつかは駄目になると思ってた。太宰は、頭はいいけど、はじめて味わった友情に、縋ってしまうような気がしてた。それが、昨日だっただけだよ」