第7章 サーカス
「ハァ たった二人か。見縊られた話だぜ」
「探偵社は事前予約制でねェ。対応が不満なら余所を中りな。……っと、アンタはいつかの、」
「憶えていてくれたなんて、嬉しいなあ。ねえ与謝野女医、マフィアが敵拠点で暴れるのに、予約が要ると思う?」
綴にとって、〝憶える〟ことは特別なことではない。むしろ、あまりに特別でなさすぎて、意識することすらない。だからこそ、綴とは違う与謝野が自分のことを憶えていたという事実が嬉しかった。
「はい! 要らないと思います!」
元気よく、この場の雰囲気にそぐわない返事をする宮沢賢治に、少しばかり興を削がれる。与謝野の態度から察するに、彼のこれは通常運転なのだろう。綴はほほえましく思いながらも、ちくりとした頭痛に辟易する。
「賢治の言う通りだよ。暴れたいなら好きにしな。けどアンタは暴れに来たんじゃない。だろ?」
「ほう なぜそう思う?」
「ウチは探偵だよ。訪客の目的位 一目で見抜けなくてどうするンだい」
江戸川乱歩だな、と綴は予測した。ここにいる与謝野晶子もそれなりに切れ者のようだが、探偵社の中で唯一〝探偵〟を名乗れるのは江戸川乱歩だけであることを綴は知っている。
そうしている間にも、中也は〝餌〟をちらつかせて探偵社を揺さぶっていた。与謝野が臨戦態勢に入るのも、綴は黙って見ている。
そこには中也へのたしかな信頼があった。自分がどこにいようと、中也は絶対に守ってくれる。信じていたし、自負していた。
「さァ 『重力』と戦いてえのは何方だ?」
──格好いいなあ、ほんと。わたしと大違い。
綴にはわかっていなかった。なぜ、森が自分をこの任務につかせたのか。なぜ、自分はただ見守っているしかできないこの場にいるのか。けれどいま、わかった。わかってしまった。
『答えよ ポートマフィアの特使。貴兄らの提案は了知した。確かに探偵社が組合の精鋭を挫けば 貴兄らは労せず敵の力を削げる。あわよくば探偵社と組合の共倒れを狙う策も筋が通る』
「だが お宅にも損はない。だろ?」
『この話が本当にそれだけならばな』
「──待って!」