• テキストサイズ

【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス






「──芥川、」



腕の中の身体がびくりと震えた。さらに強く抱きしめれば、蒼白い指先が綴の手に触れる。今度は綴が震える番だった。


一方で、芥川は困惑していた。いったい彼女はどうしてしまったというのだろうか。ここ最近、いいや、自分を弟のように可愛がってくれていた頃でさえ、こんな触れ合いはなかったというのに。

けれど、芥川は綴が人間に対して不器用であることを知っていた。立ち回りはうまい。誰に対しても分け隔てなく接することだってできる。それでも、相手が近しい存在であればあるほど、彼女が接し方を深く考えすぎてしまうことを芥川は知っていた。




「……ごめん、ね」



綴は自分でも口に出してから主語がないことに気がついた。これではなにに対して謝っているのかもわからない。けれど、芥川にはわかってもらえる気がした。

はたと、芥川が身じろぎをやめたのに気づく。おそらく彼は考えている。綴がなにに対して謝っているのかを。




──あのね、芥川。




──わたし、もう知ってるよ。




「……あったかいね」



芥川が目を見開くのが気配でわかった。その、動きのひとつひとつまでが記憶に残って、容量を大きく使ってしまう。いつもは目を閉じてなるべく情報量を減らすところだ。でも、今はすべてを憶えていたかった。




「僕は……」



何かを言いかけて、途中でやめてしまう。それでも、綴には何が言いたかったのかわかった気がした。




「帰ろう、芥川」





──わたしたちの、居場所に。





/ 96ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp