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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス





綴がそこにやって来たとき、立っていたのはやはり芥川のみだった。ホーソーン、ミッチェルともに血だまりの中で倒れている。

綴が知っていたのは、計画の全容、それから各々の事情。〝遣る気のある〟芥川は組織に見放されないために、この作戦を無理矢理決行した。そしてミッチェルは──零落してしまった自身とその一族の名誉を取り戻すため。

けれど、組合のふたりは言い過ぎた。〝自分がこの世でいちばん不幸だったとしても、他人が不幸でないことにはならない〟のだから。



──敗北も屈辱も、常に芥川と共にある。

──けれど、敗北も、屈辱も、常に誰かの隣にあった。



そのことをはじめから知っているのは、きっと綴だけだ。綴と、そして太宰だけ。そうして、そのどちらも、自分の言動がどれだけ他人に影響を及ぼすのかを知らない。



───

「帰るよ、芥川」



膝をついた芥川に歩み寄る。その顔は決して笑ってはいなかったけれど、凪のような穏やかさがあった。3㎝のヒールが芥川の真後ろで止まる。



「僕は…………」

「中島敦の言葉が、引っ掛かってる?」



はたと顔を上げて、また下げた芥川が嘆息する。これは憐憫だ。『何でも判ってしまうのは、さぞかし生きづらいのだろう』という憐れみのため息だ。

──人は誰かに『生きてていいよ』と云われなくちゃ生きていけないんだ!

そのとおりだけど、間違った言葉。誰しもが『生きてていいよ』と言われ育ったわけではない。
そんなにやさしい言葉をかけられたことのない人間は、やがて二種類に分かれる。〝自分が言われなかったから、せめてこの子には言ってあげよう〟と思う人間。それから、〝自分が言われなかったから、そんな言葉を知らない〟人間。芥川は、綴は、その後者である。



ホーソーンに向けた芥川の叫びが、こだまするように耳から離れない。


──或る人からの……極詰まらぬ一言だ。その一言の為 血を舐め泥を啜るかの如き敗北を幾度も抜けてきた。

──また別の人に思い知らされた己が愚鈍さ、浅はかさ、未熟さ……僕の敗北も屈辱も、すべては姉のような彼の人に温かさを教える為!



自分のことだ、とはっきりわかった。だからこそ、綴はいま、いつの間にか自分より大きくなった背中を抱きしめている。

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