第7章 サーカス
「──っ! こちらも黙って殴られる気はありませんよ……!」
「ふ、はは! それは残念だなあ。わたしの不機嫌はたちが悪いよ?」
「なにが貴女をそうさせているのかは知りませんが──私情で我々の戦いに手を出したこと、後悔しますよ」
綴の不機嫌はたしかにたちが悪い。根気強く居座り、粘り、悪く言えば執拗で、よく言えば性根逞しい。とにかく虫の居所が悪かった。綴はいま、常日頃よりも敏感で、鋭敏だった。
「──私情?」
くすくすと綴が鼻で嗤う。他人を小馬鹿にするような嘲笑も、いまは大した問題ではなかった。いちばんの問題は、──その眼が笑っていないこと。嘲笑よりも恐ろしく、脳髄が震える。その場のなにもかもが支配される。
「戦いにおいて最も威力を発揮するものは、策略でも攻撃力でもない、ひとりひとりの強い感情だよ。それがなければ戦いは成り立たない」
「……っ、」
ホーソーンはよくないものを振り払うように首を振った。右手には聖職者らしく十字架が痛いほどに握られ、左手は無沙汰に開いては閉じている。本当は、こんな場所にはいたくないのだろう。ホーソーンにとって、綴はまるで悪魔のような女だった。
「……予告状は悪戯ではないようです。貴女が来たことで証明されたようなものだ。そして標的はまだ二つ残っている」
綴はまだ笑ったままだった。笑顔は仮面。けれど、綴は別に信条があった。誰と相見えようと、〝常に笑っている者の方が強いのだ〟と。
「ならば間もなくここには敵兵が押し寄せます。あちらの非常用避難路から撤退しましょう」
ホーソーンが一歩を踏み出した、そのとき。
「ひとつだけ。これは情報屋として、忠告してあげる。特別にタダだよ」
聖職者は足を止めた。それはなにより、綴のたしかな実力を知っているから。ただし、本心が読めるほどその本質を知っているわけではないけれど。
「〝目に見えているものだけがすべてとは限らない〟よ。気をつけてね」
「……フン、タダより高いものはない、と言うでしょう」
ミッチェルが綴に一瞥をくれ、ふたりは避難路の奥に消えていった。