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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス





「ところで、君を呼んだのはひとつ提案があるからなのだけど」

「お断りだよ」

「まだなにも言ってないよ……」

「言わなくてもわかるよ。森さんのことは、太宰のことよりもよくわかる」



自らの異能の化身であるエリスにふられたときと同じように無邪気に言う森に、綴は冷たく言い放った。〝太宰〟は森にとってタブーに近い存在。それをあえて口に出した。綴は森のことがわからないままだった。



「探偵社の社長に刺客を送ったよ。さて、どんな報告が聞けるかな?」

「それは森さんの方がよく知ってるんじゃない?」

「どうだろうね。もう長らく、彼とは道を違えているから」



──それでも、森さんは知っているよね。



森は、かつて銀狼と呼ばれ誰もが恐れ戦いた存在の強さの証明である。森自身も戦えるが、所詮は医師。森がいま生きているのは銀狼がいたからなのだ。



「綴くん、きみには組合や探偵社と交える戦いに参加してほしいのだよ」

「いやだよ」

「即答かい、冷たいねえ。……ならせめて、理由を訊いても?」



綴は知っていた。森が理由を求めるときは、決して引き下がるときではない。引き下がる前に理由だけは知りたいと言っているわけではないのだ。聞いた理由の中に〝看破できる場所〟を探している。『なんだ、それだけの理由かい』と言って、論破できれば断る理由がなくなるから。

けれど綴は知っていた。森がこう言うとき、誰の前にも拒否する権利はないのだと。



「遠くから眺めているだけなら、どんなものもすべからく美しいものだからだよ。わたしは醜いものを近くで見たくないの。美しくなくなってしまうとわかっているのに首を突っ込むのは馬鹿がすることだよ」

「はて、君はそんなに美学が好きだったかな?」

「どうでも良いでしょう。痛いことはきらいだよ」



あ、と思ったときには遅かった。森がその笑みを大きくしていく。このままはぐらかすつもりだったのに、最後にもっとも看破しやすい理由を言ってしまった。こうなってしまえば、綴に反論などという面倒なことはできない。



「君の頭脳をもってすれば、傷ひとつつかない作戦だ。──やってくれるね?」



綴には、苦虫を噛み潰したように頷くことしかできなかった。




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