第7章 サーカス
翌日、綴は尾崎のもとを訪ねていた。
昨日、あのあと、綴と中也は別々に朝を迎え、別々にセーフハウスをあとにした。不満はない。けれど、自分を抱きしめる力強い手が、恋しくなかったといえば嘘になる。
でもそんなことは言えないから、綴は笑って約束を果たすのだ。鏡花の新たな旅立ちを祝して。
「綴が私<わっち>を訪ねるとは、珍しいこともあるものじゃ。何か用かえ?」
「あはは、用があるから来てるんだよ。尾崎さんに、訊きたいことがあるんだよね」
「訊きたいことじゃと? おぬしがそのような笑い方をするときは大体善からぬことを考えているときじゃ。厭な予感しかせぬわ」
尾崎が顔を顰める。綴とつき合いが長い尾崎は、綴の性格を熟知していた。けれどそれは逆も言える。綴はここで自分が何を言っても尾崎が攻撃してこないことをわかっていた。なぜなら、尾崎は綴が森のお気に入りだと思っているから。ここで綴に危害を加えて、鏡花奪還に支障が出ることは、尾崎がもっとも避けたい事態だろう。
「さすが尾崎さんは勘がいいねえ。じゃあ、さっそく本題に入ろうかな。ねえ、尾崎さん──
──鏡花を連れ戻して、どうするつもり?」
尾崎がスッと目を細めた。妖艶かつ夜叉のように射抜く視線だ。綴はこれが苦手だった。どこか森に似た、鋭い視線だから。
「さすがは綴じゃ。情報が早いのう」
「当たり前だよ、それがわたしの仕事だからね。さあ、質問に答えてよ。鏡花を連れ戻して、いったいどうしたいの?」
「光はあの子に夢をみせる。殺戮の異能を持つ鏡花は、光のもとでは決して幸せにはなれぬ。私が連れ戻して光を忘れさせてやるのじゃ。邪魔をすると言うのなら、たとえ綴でも容赦はせぬぞ」
空気がピリピリと殺気立つのを肌で感じる。怖くはなかった。けれど、理解できなかった。尾崎は鏡花に昔の自分を重ねて、自分がそうであったから鏡花もそうに違いないと決めつけてしまっているように見えた。