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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第7章 サーカス






「なァ、綴」

「なぁに、中也」

「泉鏡花のことだが」




上質なソファに身を沈め、ふたりは隣り合って話をしていた。

その名前を聞いて、綴ははたと目を見開いた。

もしやばれてしまったのだろうか。綴が鏡花を逃れ者にしてしまったことが。光の元に押し出してしまったことが。いいや、けれど綴は後悔していない。




「──鏡花が、どうかしたの?」



つとめて平静を装おって、綴は尋ねた。それでも、きっと中也にはわかってしまう。けれどどうでもよかった。鏡花に自分を重ねてしまっていた。それがよくないことなのは承知していても。どうしても、考えてしまう。もし、中也に出会う前に、自分が光のもとへ躍り出ていれば。




「紅葉の姐さんが、動くらしい。鏡花を連れ戻すために」

「尾崎さんが? それは……また厄介だねえ」

「姐さんなら、否が応にも連れ戻すだろうよ。だが……連れ帰った鏡花を、首領がどうするかだな」




尾崎は光を恐れている。だからこそ、男社会闇社会の中で女でありながら幹部にまで上り詰めた。尾崎は光に怯えている。だからこそ、鏡花には光を知ってほしくなかった。

──尾崎紅葉を連れ出そうとして、死んだ男があったとさ。

あれ以来、尾崎は光を怖がっていた。光のもとに行くことと恐怖が根底で強く結びついてしまっている。その尾崎が鏡花を連れ戻そうとしているのなら、きっと容赦はしないだろう。

尾崎は鏡花をかわいがっていたから。

けれど森はどうだろうか。尾崎が動くのなら、それは森の許可が下りたから。ならば森は? にこやかに許可するふりをして、いざ連れ帰れば態度を変えるかもしれない。だって、彼は組織のトップだから。




「わかった。一度、尾崎さんと話をしてみるね」

「姐さんは綴が言ったところで方針は変えねェだろ」

「違うよ。尾崎さんが何を考えてるか知りたいの。それが鏡花のためか、はたまた自分のためなのか。確かめたいことは山ほどあるよ」




尾崎はもしかしたら自分のために行動しているのかもしれない。昔、報われなかった自分を救うために。




──でも、わたしは鏡花を救いたいから。




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