第2章 かの女
殺されるようなヘマは絶対にしない。絶対に。なにをするにも抜かりのない男だから。
死にはしないにしても、少なくとも数年は、綴と、それに中也を困らせるタネにはならないだろう。というのが綴の出した結論だった。ゆえに、森には言わない。
──記憶の取捨選択はできなくても、与える情報の取捨選択はわたしの自由。これくらいは、好きにさせてほしいよね。
森はそれ以上、その件に関してなにも訊かなかった。
「さて、あとひとつ、訊きたいことがあってね」
壁にしつらえられた本棚に並ぶ、T・シェリングにJ・ナッシュ、H・キッシンジャー。有名な戦争戦略論の研究家が名を連ねている。
はしから順に見ていた本から、少しだけ視線を森に向けた。
「やはり、幹部のひとりになる気はないのかね?」
──あぁ、またか。面倒だなぁ。せっかく太宰がもう少しでなんとかなりそうなのに、これ以上増やしてどうするの。
「前から言ってるけど、いまはそんな気、まったくないよ」
「理由は、中原くんかい?」
「そうだよ。わたしは中也と対等でありたい。ただでさえ男と女なんていう隔たりがあるんだから、よけいな力関係は増やさぬが吉だよ」
だから、ごめんね? と謝る気はさらさらない謝罪をする。森はそれ以上の追及をしなかった。
──森さんのことだし、感づいていると思うんだけど。ま、魂胆も見え見えだし。
言葉のない森をいいことに、綴は森の執務室をあとにした。
──わたしが幹部になるときは、中也が幹部になれると認められたとき。中也と対等であれるのなら、五大幹部にでもなんでもなってやる。