第2章 かの女
「──それで。森さん、わたしになんの用?」
「いやぁ、悪かったね、呼び出して。まぁ、待たされたけども。私にそんな態度で狼藉をはたらき、そんな口をきくのは、エリスちゃんときみくらいだよ」
この強大な組織を統括する首領という立場にありながら、そんなふうには到底思えないこの男こそ、綴の育ての親、森鴎外であった。綴をいたく気に入っていて、幾度も幹部にしようと誘いをかけていた。
「あはは、わたしはもう、森さんの守備範囲から外れているでしょう? そんなことより、さっさと本題に入ろうよ」
けらけらと笑う綴に、森はすっと目に鋭さを宿らせて、重厚な机の上で両手を組んだ。
「では。君も感づいているだろうが──本題とは、太宰くんのことだ」
周囲の空気がぴりぴりと張りつめる。数えきれない死体の上に立つとは思えないような男と、童顔で若く見える綴しかいない執務室。張りつめた空気はひりひりと身を焦がすようだった。
「太宰が、どうかしたの?」
「彼が、組織を裏切るのではないかと思ってね。いやなに、そんな気がしただけなのだが」
──へぇ。このひとの頭脳は、考えることをやめないね。
だから怖いのだけど、と綴はくつくつと笑った。
「それで、確証がないから裏づけたい、と。残念ながらそんな情報は入ってないよ」
「──そうかい」
──ま、嘘だけど。
太宰は近々この組織から出ていく。あの秘密主義は情報なんてどこにも漏らしていないけれど、いままでの情報と勘で簡単に導き出せる答えだ。
だけど、綴は森に教えない。なぜかと問われれば、理由は単純にして明快だ。綴は太宰のことが大きらいだから。ただ、それだけ。
太宰が組織を出ていって、綴にメリットこそあれ、デメリットはない。運がよければ見つかって、裏切り者として処分されるかもしれない。
──そうなれば上々。けれど、あの男のことだから。