第7章 サーカス
──潮風に、脳が痺れる。
中也の眼の色が大きく広がるこの場所が、綴は好きだった。以前、織田作之助の墓参りの帰り道に見つけた場所だ。閑静な中に、さざなみの音だけが響く。この秘密基地に、いつか中也と来たいと思っていた。
「こンな近くに、海なんてあったンだな」
「ふふ、いいでしょ? 中也の眼と、おんなじ色」
綴は、何色が好きかと問われれば、必ず〝青色〟と答えていた。そのくらい、青も中也も好きだった。
綴の苗字は〝青空〟という。自分でつけた名だけれど、綴はこの苗字がきらいだった。それでも、中也の眼とお揃いだと思うだけで、いくらか好きになれる。
──中也も、わたしのこと、これだけ好きになってくれたらいいのに。
少し塩辛い風が頬を撫でて去っていく。靡く髪を押さえて、綴は笑った。それを見て、中也も少しだけ笑む。
綴は、自分と中也の関係は一概に〝恋仲〟ではないと思っている。そんなに甘い関係ではない。抱擁も接吻も、交わしたのは片手で数える程度だ。正確に名前をつけたわけではないが、これを世の中は恋仲だとは認めないだろう。
──この間の、谷崎兄妹。うらやましいな。
──血が繋がっているってだけでいちばん近くにいられるのに、彼らは明らかに境界のギリギリにいた。
──望みすぎ、だよね。