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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第6章 骨






間もなく樋口がやって来て、綴はやっと我に返った。敦に吹っ飛ばされて海に落ちた芥川は樋口が回収してくれるだろうから、とひと足先にきびすを返す。




──樋口は馘首になるかもしれない。



──けれどそれより問題なのは、芥川のこと。





おそらく森は綴の忠告など聞かなかったことにして、樋口を追い詰めるだろう。森は医者だ。〝患部〟はすみやかに〝治療〟するつもりだろう。

芥川は能力に問題はなくとも、〝カルマ・トランジット〟が気になる動きをしているから、そこから連想するに危うい立ち位置にいる。




──なんとかしなきゃあ。





ぼやける視界、溷濁する意識の中、聴こえてきた言葉を反芻する。それは敦の、綴が利用してしまった叫びのようだった。




──人は誰かに『生きてていいよ』と云われなくちゃ生きていけないんだ!



──そんな簡単なことがどうして判らないんだ!




その通りだと綴は思う。けれど芥川にとっての道理とはかけ離れていた。それが裏社会の道理であり、闇の中の秩序である。利用するだけ利用して棄てるなんて日常茶飯事。なにもできなければ無価値。



──その通りだよ、敦。



──その通りだよ、芥川。




ふたつのまるで違う道理がぶつかり合うとき、互いが本気で正しいと思っているから衝突は起こる。わかっている。芥川をそういうふうに育てたのは綴だ。太宰だ。──この、社会だ。




──ああ、もし、芥川を逃がしてやれていれば!



──『生きてていいよ』と、わたしが声をかけてやれていれば!




ひとり、涙を流して歩き出す。この道を選んだのは自分自身なのだから、どんなことがあっても歩み続けなければならない。

明けない夜は、どこにもないみたいだった。




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