第2章 かの女
「ねぇ、綴もそう思うよね!?」
「──え? あぁ、なに? 聞いてなかった。思い出す必要ある?」
すっかりもの想いに耽っていた綴を現実に引き戻した声は、この世でいちばんきらいな太宰のものだった。太宰は少しため息をついて、
「きみは本当に中也にしか興味がないんだねえ」
「当たり前でしょう? 好いた男なんだから。あいにくだけど、ほかの男に目移りする趣味はないものでね」
いつものように、のらりくらりと太宰をかわす。
「まぁ、いいよ。必ず落としてみせるから」
きらり、と妖しい光が太宰の瞳に宿る。中也が盛大に眉をひそめた。
──よく言うよ。口でわたしに勝てたことないくせに。
「ねぇ、太宰」
「なんだい?」
「きみがわたしに執着するのは、わたしが中也を好いているからでしょう? そして、わたしが中也に好かれているから。きみは中也にいやがらせがしたいだけ。それに、〝美人〟と心中したいのであって、別にわたしじゃなくてもいいのでしょう? であれば、わたしはこの場を離れてもいい。
──じゃあね」
その言葉と、まるでその辺の汚物を見るような視線を残して、綴は屋上のドアを開けた。
かんかんかん、と金属を踏む足音が遠ざかっていく。けっ、とのどを鳴らして、中也も綴を追おうとヘリポートを歩き出す。
「中也もわかっているのでしょう? 綴については、私は本気だよ」
「──だから、なんだってンだ。綴はそれを問題にしてねェ」
「だから困っているのだよ。綴はいつまでも、私の想いをあくまで中也へのいやがらせだと思いこみたがってる」
太宰の言葉を待たず、中也も屋上のドアの中へ消えた。
「綴も、気づいているはずなんだけどねぇ……──」
あとには、太宰の哀しげな言葉だけが残った。
──やはり、彼女は連れていくべきか……。