第6章 骨
場面は切り替わり、芥川が鏡花と対峙している。鏡花の白く細い頸が、およそ男らしくない繊細な指で絞められていく。
『〝どん底〟を知っているか?』
──わたしは知ってるよ。
『其処は光の差さぬ無限の深淵だ』
──そうだよね、知ってるよ、知ってるんだ。
『有るのは 汚泥 腐臭 自己憐憫』
──わたしも、そこにいた。
『遥か上方の穴から時折人が覗き込むが 誰もお前に気付かない』
──誰にも知られずに、ひとり生きて死ぬ場所。
『ひと呼吸毎に惨めさが肺を灼く』
──贖いに喉を塞がれる。
『外でお前を待つのは〝それ〟だ 鏡花』
──ぜんぶ理解できる。でもね、そこにだけは納得できないよ、芥川。
『〝夜叉白雪〟は殺戮の権化。そんなお前が マフィアの外で普通に生きると?』
──そうだよ。鏡花は、きみとはちがう。中島敦は拾ったくせに見捨てるような輩じゃないよ。
『人虎 教えてやるがいい。誰にも貢献せず 誰にも頼られず 泥虫のように 怯え 隠れて生きるのが 如何いう事か』
──ごめんなさい。
静かな昼下がりの波止場で、綴は流れてくる涙をぬぐいもせずに立ちすくんでいた。ごめんなさい、ごめんなさい。──ごめんなさい。
『殺しを続けろ 鏡花。マフィアの一員として。でなければ呼吸するな。無価値な人間に呼吸する権利はない』
『……そうかもしれない』
──やめて!
『でも クレープ おいしかった』
綴は堪えきれずにその場に泣き崩れた。自分が鏡花の背中を押したせいで、いまこの闘いは起こっているのかもしれない。いいや、もっと前から、もしかしたら自分が存在するせいで──。
──たすけて、中也……!
モーターボートの音が聴こえる。探偵社が敦を救けにきたのだろう。力強い声との問答が、ノイズとなって綴の脳をさいなむ。
そして──。
盛大な爆発音が、綴の脳天を貫いた。
──まさか、鏡花が。