第6章 骨
──間に合わなかった……。
すでに船が出航した波止場で佇む。ツキン、と頭蓋の内側が痛んだ。これで鏡花の幸せは──。
──待って。考えて、わたし!
──この状況を打開する方法は……。
『引き渡しまでもう数刻もない。人生最後の船旅を楽しめ 人虎』
『断……る……』
芥川の憎悪が目に見えるがごとくにじむ声。それもこれも全部太宰のせいだ。太宰が中途半端で組織を出て行ったから。芥川の教育もままならないまま、死んだ友人の言葉を鵜呑みにして光のもとに出たから。
──織田作之助。
彼の言葉はいまの太宰の柱だ。そして、綴の心の支えだ。四年前、綴はどうしても非情になりきれなくて、〝不殺のマフィア〟がうらやましかった。太宰は恵まれ過ぎていると思っていた。いつかは話してみたいと、その会話を聴きながら思っていたのに。
──あの独特な語り口、わたしは好きだったよ。
──織田作、って、呼んでみたかった。
──これからも、わたしはひとりきりで、どうして生きていけばいいの?
『貴様の意思など知らぬ』
──やめようよ、芥川。
『弱者に身の振りを決める権利などない』
──もう、やめよう。
『弱者は死ね』
──やめてよ、芥川。
『死んで 他者に 道を譲れ』
──お願いだから。
言葉のひとつひとつを中島敦の肢体に刻み込むように芥川が話す。それは芥川の心の叫びのように見えた。〝自分は弱い〟と思い込み、それを利用されてマフィアの狗になった。そしていまでは、〝強くなった〟と誤解している。──心は、あのときからなにも成長できていないのに。
──あのとき、わたしが放っておいたせいで。