第6章 骨
明くる日。綴はポートマフィア拠点のビルを目指して歩いていた。こぎれいで、ひと目見ただけでは闇組織の拠点とはわからないそのビルは、女学生が『あそこ何のビルなんだろうねー』と噂するくらいには目立つ。方向音痴の綴にとっては帰る場所が目に見えているのは大変ありがたいのだが。
ドアの前に立つ警備員を顔パスでかわし、ロビーを我が物顔で闊歩する。綴の青いスカートを目印に、構成員が次々と頭を下げた。
「青空幹部、お疲れさまです!」
「うん、お疲れさま」
「地下の方にいる捕虜が青空幹部との面会を希望していますが、どうされますか?」
「わたしと面会? わかった、行ってみるね」
地下の捕虜とはこの間の知らされていない鏡花の任務だろうか、と綴はぼんやりと思った。同時に、心臓がちくりと痛んだ。歳の離れた妹をかわいがるような気分がたしかにあったのだろう。今日はどうにも気持ちが冴えない。綴は深く息を吐いた。
〝あれで幹部とか、ありえないよな〟
ふと、そんな声が聞こえてそちらを振り返ると、下級構成員らしき男が薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた。
「ちょ、まずいって」
「大丈夫だよ。あのひと、部下にあまいってもっぱらの噂だし」
「でも幹部だぞ」
「平気だって。異能も大したことないらしいし、〝安楽椅子の太宰〟って呼ばれてるらしいぜ?」
おそらくは綴にしか聞こえていない会話。綴は耳がいいのだ。どんなひそひそ話でも聞き取れてしまう自分の耳がこんなに恨めしいと思ったことはない。そして、そのふたつ名にどうしようもなく腹を立ててしまう自分にも。
「わたしが──なんだって?」
言うと同時に右脚を蹴り上げていた。戦闘は不得手と言えども、中也仕込みの体術だ。少なくともダメージは大きい。5㎝のヒールがスーツの胸元にめり込んだ。
「ごめんね、耳はいいんだ。聞こえちゃった。それで、わたしがなんだって?」
「な、なんでもありません! な?」
蹴られた方は首を縦に振ることしかできないらしい。
「わたしを何と噂してもいいよ。でもね、その異名だけは看過できない。次に言ったら殺す。──いいね?」
身に迫る命の危機に、構成員のふたりは夢中で頷くしかなかった。