第2章 かの女
「あ? ふざけんな糞太宰。綴は手前なんかと心中するためにここにいるんじゃねェンだよ」
「中也には訊いてないよ。私は綴のような美人と心中するために生きているんだから」
──うわぁ、面倒なことになったなぁ。こういうときはさっさと退散するに限るよね。まったく、せっかく中也とふたりきりだったのに。
「いやぁ、そういえばわたし、森さんに呼ばれてたんだよね。じゃ、そういうわけで」
綴はつとめてにこやかに、その場を離れることだけに集中する。こんなとき、合理最適解を考えてしまうあたり、さすが森さんに育てられたというべきか。
「あぁ、綴。きょうも私と心中してくれないのかい?」
「あァん? 当たり前だろうが!」
「あーあー、うるさいうるさい。小さい蛞蝓がなんかしゃべってるー」
──いつもいつも元気だなぁ。
綴は早くも現実逃避に入った。聞かないようにしていても、頭の中には入ってきてしまうのだけど。
そこまで考えて、綴は思い出したくもない過去を思い出した。ひとりの女と、ひとりの少女のことを。
三歳のときから、なにも忘れていない。あの記憶を、まるで贖罪のように持ち続けている。
──あぁ、いやだいやだ。
辛気くさい記憶に侵蝕されかけた脳内をまっさらにすることを意識する。その記憶をふり払うように、綴はぶんぶんと頭を左右にふった。
──あーあ、そろそろだと思うんだけど。早くしないかなぁ、太宰。
太宰のことだから、もうそろそろ我慢の限界のはずだった。綴たちと違い、黒に染まりきれない幼さがあった太宰のことだから。友情に縋るような弱さがあった太宰のことだから──
きっとそろそろ、悲鳴をあげる。
体ではなく、心音が。
──でもわたしは、気づいてもその悲鳴には耳を貸さないし。