第5章 秋日狂乱
「青空幹部、」
「……樋口」
とぼとぼと廊下を歩く綴を待ち構えていたかのように樋口が現れた。泣きそうな、悔しそうな声で呼ばれるも、綴は力無く応えることしかできない。
「っ、すみませんでした!」
「え……」
「青空幹部の忠告も聞かず、襲撃を仕掛けてしまって、あげく失敗して、本当にすみませんでした!」
勢いよく頭を下げた樋口は、出撃前の綴の言葉を思い出していた。
──ねぇ、樋口。わたしの話、聴こえてる?
──わたしには、聴こえてないように見えるよ。
そのときの自分を思い出しては奥歯を噛み締めている。
悔しかった。悲しかった。
よくしてくれている上司に心配されて、忠告されて、それでも生意気な態度をとった。なにもかもに恵まれた綴が羨ましくて、下に見られているようで腹が立った。
そんな自分に、ひどくいやけが差した。
──なぜ気づかなかった、私……!
「いいよ、気にしてない。だから、頭を上げて」
「ですが……!」
「本当にいいの。……力になれそうもないのは、わたしの方」
はっ、と樋口が顔を上げた。興奮状態で紅潮した頬とは裏腹に、唇は震えていた。それから、すべてを悟ったように息を深く吸い込んだ。
「……馘首、ですか」
「! 樋口、」
「いいんです。馘首になったって仕方のない失態でした。それに……──覚悟は、できてます」
今度は綴が唇を震わせる番だった。ポートマフィアにおいて馘首とは〝死〟を意味する。苦しむ間もなく、あっけなく死んでいった人間の最期を、綴はよく知っていた。樋口にはそうなってほしくない。
「わたしは味方だよ。樋口をとことん庇い続けるし、場合によっては匿いもする。上に立つ人間は、下の人間を守る責務がある」
「私のことはいいんです……! それより、……芥川先輩が心配で……」
「あぁ……」
──この娘はとことん、ポートマフィアに骨を埋める覚悟があるんだ。
──とことん、芥川に惚れ込んでいるんだ。
──わたしとは、大違いだなあ。
「いいよ、気にしなくて。わたしが動いてみるから。大丈夫だから」
そう、安心させるように綴は樋口に笑った。