第4章 六月の雨
「……ところで、」
「あ?」
「どうなってる? ──間諜の件」
中也がまるで苦虫を噛み潰したような顔をする。それくらい中也にとってこの依頼は察して余りある悲痛なものなのだろう。
「……ごめんね。この依頼、つらいよね」
「俺のためなンだろ。なら……耐えるしかねェ」
「……中也は、強いね」
「当たり前ェだ。──マフィアにいるンだ。強くならねェと」
──あぁ、ほんとうに、中也は強い。
その蒼い眼に燃える闘志にきゅんとする。中也の瞳に射抜かれるたびに心臓がどきどきと高鳴るのだ。中也の力は守るための力だ。やさしい力だ。けれどやさしいから──この組織では人一倍つらい思いをする。そのことがひどく痛々しくて。
「ふ、なに泣きそうな顔してンだよ。……手前は、やさしいな」
「──やさしいのは、中也でしょ」
綴は眉を下げて笑った。本当はいまにも泣いてしまいたかった。だって、中也が泣かないものだから。間諜なんてどうだっていい。泣かない中也が唯一泣ける場所に、綴はなりたかった。
「……間諜の件だが。いまのところ、怪しいやつはいねェ、と、思う。あくまで俺の見立てだ。首領の話を聞いてから、正直自信がねェ」
「中也の思うままでいいよ。わたしはわたしに出来ることをする」
この作戦だと、綴は中也から報告が上がるまですることがない。ポートマフィアに所属する構成員は力の大きさと比例するかのごとく多い。そのすべての端末をハッキングするのはさすがの綴でも骨が折れるし、リスクも高い。
だから綴は別のことを調べていた。森のいう、〝組合〟のことだ。
「懸賞首の人虎のことだけど、相当気をつけて動いた方がいいよ。七十億もの金を懸けたのは海外異能組織で、それも相当な実力者みたい。裏で動いてる力が大きすぎて、調べるのも苦労してるくらいだから。暗躍してそうな〝鼠〟もちらほらいるし……」
「綴の助言なら従う。……やッぱり、首領には伝えねェのかよ?」
「うん、黙っとけるまでは」
「ハッ、そうかよ」
綴は情報を整理すべく頭の中で資料をめくった。