第4章 六月の雨
「ねぇ、聞いてよ中也!」
「おう、言ってみろ」
綴の突然の来訪に書類仕事を邪魔された中也だが、キーボードを叩く手を止めないまま返事をしてやる。こういう人間力がそもそも太宰とは大違いで、綴が惚れた中也とはこういう男なのである。こういうとき、綴は少しだけ嬉しくなって、いつもより大きく笑うのだ。
「今日ね、……あいつに会っちゃったの」
「……まさか、」
「──太宰」
不穏な単語に、中也は思わず手を止めた。そのまま綴を見て、思いきり顔を顰める。
「は──……、どこかで生きてるとは思ってたが、まさかこンなに近くにいたとはな。知ってたか?」
「まったく。わたしの手の届く範囲はポートマフィアの管轄内だけだし、武装探偵社のことも噂に聞いてたくらいで詳しくは知らなかった」
「……本当は?」
「──やっぱり中也にはばれちゃうね。マフィア管轄内だけじゃない、わたしの作り上げたネットワークにも太宰の情報は引っ掛からなかったのは本当だよ。でも人虎の居場所を突き止めて武装探偵社のことを調べたとき、〝太宰治〟の名前が目についたことはたしか。杞憂であってほしかったよ」
はぁ、と中也がため息を吐いた。じと目で綴を見つめる。そんな目にもときめいてしまう綴はもはや重症としか言えない。
「ったく……首領には?」
「伝えないよ。わたしとしても全面戦争は避けたいしね。……まぁ、わたしが黙ってても芥川経由で伝わっちゃうかな」
「首領と喧嘩でもしてンのか?」
「……まあ、そんなとこ」
──言えない。
──森さんと冷戦中だなんて、絶対に。
「まァいいが、部下に心配かけンなよ」
「わたしには直属の部下はいないし、平気だよ」
「手前にとってはそうかもしれねェが……。怖ェンだよ、手前と首領の喧嘩」
「はは、善処するよ」
軽口を叩き合いながらも、綴は別のことを考えていた。太宰がこれから成そうとしている壮大な計画のことを。そのすべてはわからないけれど、面倒なことはたしかだろう。
──やっぱり、わたしは太宰がきらいだ。
──憎めないから、大きらい。