第4章 六月の雨
「なッ……」
驚いた芥川が目を見開く。虎の姿を失った敦がその場に倒れ込む。
──来ちゃったものは仕方ないよね。わたしも行きますか。
綴は腰かけていた手摺からひらりと飛び降りた。青いスカートがふくらんではしぼむ。着地して黒いヒールが軽やかに鳴った。
「駄目だよ、樋口。〝こういうの〟は気をつけてなきゃあ」
「あ、青空幹部!?」
樋口のスーツのポケットから小型の盗聴器を取り出してひらひらと振る。樋口が悔しそうに唇を噛んだ。
「いやな予感がして聴いてたら、ノイズが気になったものでね。いくら樋口が美人だからって、盗聴はいけないなぁ。ねぇ、──太宰」
くすくすと笑いながら綴は太宰を睨んだ。
小型盗聴器を地面に落としてヒールで踏みつける。ぐしゃりと音をたてたそれは呆気なく壊れた。
「幹部になったんだね。──久しぶり、綴」
「あはは、いやだなあ。知ってたくせに」
口では笑みを浮かべてみせているのに、目がまったく笑っていない綴と、心底愉快そうな太宰。ふたりは正反対で、よく似ていた。
綴はこつこつと倒れている谷崎に近寄っていく。
「ごめんね、うちの芥川が。ここまでするつもりはなかったんだけど……、つい気合いが入りすぎちゃったみたい。止血帯持ってるから、あげるね、はい」
「え……」
「すごかったね、きみの異能。こっちも下調べが足らなかった。もう少しで形勢逆転されるところだったよ。だから言ったのにな、わたしが調べるって」
谷崎の身体を傷に障らないように起こして、止血帯を握らせる。綴と芥川と太宰を見比べて、谷崎は困惑顔だ。
「妹さん、早く治るといいね」
「あ、ハイ……」
綴はナオミの息があるのを確認してから、立ち上がった。そのまま芥川たちの方へ歩いていく。
「さ、帰ろっか!」