第4章 六月の雨
「──死を惧れよ。
殺しを惧れよ。
死を望む者。
等しく死に。
望まるるが故に──ゴホッ」
ゴホゴホと咳き込む男の姿が現れた。丈の長い黒外套。口もとをおさえる白い手。ドレスシャツの袖。全体的に黒いシルエット──。
──あーぁ、来ちゃった。
「お初にお目にかかる。僕は芥川。そこな小娘と同じく 卑しきポートマフィアの狗──」
──ポートマフィアの黒き禍狗が。
太宰がいなくなってから、芥川はすっかり抜い歪んでしまっていた。師を失い、姉──綴の寵愛を失い、芥川の眼はすっかりその焦点を失っていた。
芥川が樋口を叩く。樋口を見下す眼。その声音。すべてが樋口の身体を貫く。
芥川が敦と何言か言葉を交わしていたが、綴は樋口を見ていた。こうなってしまえば現場は芥川の独壇場だ。その間、樋口はどうしているのかが気になったから。
樋口は叩かれた頬を手でおさえ、茫然としていた。芥川が自身の異能、『羅生門』を発動させ、その黒獣で敦の異能、『月下獣』を喰い荒らさんとする光景を、ただ見ていた。
──あーぁ、これだから駄目だよ。
──でも、かわいいからなあ、樋口。立ち直ってほしいなあ。
芥川が心底愉しそうに唇を歪めた。まさに〝人虎〟と呼ぶべき敦の異能が強いから。銃弾の通らない身体。足を切断されてもすぐに元通りになる再生能力。牙を剥く大きな口。すべてに於いて『月下獣』は強かった。芥川にとっては久方ぶりの〝おもしろい〟敵。
──けど、このままだとヒートアップして大変なことになりそう。
──それに、人虎……中島敦はまだ異能を制御できてないんじゃないかな?
──そろそろ止めないと。
「はぁーい そこまでー」
──いやな予感、的中。