第4章 六月の雨
「チンピラ如きが──
ナオミを傷つけたね?」
樋口を睨めつけた谷崎が、力の抜けた妹の肢体を抱えて立ち上がる。
「『細雪』」
──雪……。これが谷崎潤一郎の異能か。たしか幻像系だったね。
「敦くん。奥に避難するンだ。こいつは──
──ボクが 殺す」
ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえるようだった。谷崎の眉間にしわが寄る。その姿は、醜い醜い獣のようでもあった。
──へぇ、ものは使いよう、ってことだね。
──これだから、下調べが足りないよ、樋口。
〝ボクの『細雪』は──雪の降る空間そのものをスクリーンに変える〟
〝ボクの姿の上に背後の風景を『上書き』した〟
〝もうお前に ボクは 見えない〟
これはすごい、と綴は感嘆の声をあげた。綴の目から見ても、谷崎はこの場のどこにもいないように思う。きっと監視カメラにもそう映っているのだろう。
「しかし……姿は見えずとも弾は中る筈っ!」
樋口が銃を乱射しはじめた。理論としてはそのおりりなのだが、詰めが甘い。やはりこれでは──その日も近い。
──駄目だよ、樋口。もう少し慎重にならなきゃあ。
「──大外れ」
樋口の真後ろから谷崎の声が聞こえる。その手が樋口の細い頸にかかり、締め上げる。気管が圧迫されていく。瞳孔が開く。
「死んで終え──!」
そろそろ止めに入ろうかと腰を上げたとき、男の咳き込む音がした。──あぁ、これは。
──そっか、だから太宰は。
──新しい世界のために。