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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第4章 六月の雨






緊張を振り切った樋口を見送って、綴はライダースのジャケットを羽織って拠点を出た。この上着は中也が見立ててくれたお気に入りで、大切なときはいつもこれを着るのが綴の流儀だ。


路地を抜けてもいやな予感は依然として消えてくれず、もはや確信に変わった不安を抱えながら歩く。

人虎を誘い出すのはポートマフィア管轄地域内の路地裏。当然カメラと盗聴器は仕掛けてある。その映像と音声を再生しながら、綴は小走りで現場に向かう。


樋口は探偵社にいる頃だろうか。あの娘はああ見えて肝が座っているから、偽の依頼人の演技や誘い出すまではきっと大丈夫だろう。けれど芥川を意識するあまり先走りがちなのはいただけない。あのまま折り合いをつけられなければ、この組織では絶対に苦労する。





──あるいは、……女であることにハンデを感じている。




たしかにこの組織では、女より男の方が有利だ。身長の差、筋肉量の差、なにより周囲の認識の差。ポートマフィアという男社会において、女は甘く見られがちである。それでもここまで登り詰めた樋口をすごいとは思うが、そこに固執しすぎるのはよろしくない。





──そろそろ、かな。





予定の路地裏を見渡せる高台に立つ。事前打ち合わせよりまだ時間がある。手摺の柵に腰かけて、綴は経路の確認のために異能を発動させた。






〝兇悪な………ジジか……死ぬ………途んでもな……ザザ……ちゃった……ザ……〟





──これは人虎の声……ノイズ?





人虎、もとい中島敦と谷崎潤一郎、その妹ナオミの声がする。いつか資料で見た探偵社員名簿を思い起こす。三人プラス樋口となると、騒がしくなりそうだ。






──それよりノイズが気になる。





電波が悪いのか、あるいは──別の電波が邪魔をしているのか。今朝方のいやな予感と併せて鑑みれば、後者の可能性が高い。





──そうなってくると、ますますやつの気配がするなあ。








──面倒なことになりそう。





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