第3章 間奏曲
「なァ、綴。俺はこの件に関してどうすればいい?」
あれから逃げるように執務室を出た綴と中也は、廊下を歩きながら話し合いをしていた。
「なにもしなくていいよ、と言いたいところだけど、今回ばかりはそうはいかないの。森さんの目的は、はじめから間諜じゃなくて中也だから」
「さっきから思ってたんだが、俺はそんなに頼りねェか?」
「そうじゃないよ。ただ、中也はひとを信じすぎるふしがある。信頼と甘やかしはちがうよ。この組織は完全なる黒だから、甘やかされた部下には支配が及ばなくなることがある。森さんはそれを危惧してるんだと思う」
──ごめん、ごめんね。
綴は中也の苦しみを痛いほど感じていた。中也のためだと思っていても、それを変わってあげたいと思ってしまうほどに。
「でもね、中也、これはチャンスだよ。中也が幹部にふさわしいと全構成員に知らしめるチャンスなんだよ」
「で、も、」
「非情になれとは言わないし、なってほしくもないよ。残酷になる必要もない。中也は中也のままで、そのひと柄のままで幹部でいてほしいと思ってる。どれだけ黒い組織であっても、情に厚く義理がたい上司は必要なんだよ」
──あぁ、わたしって、最低だな……。
中也のためだなんてうそぶきながら、こうして丸めこもうとしている。そのことが綴をひどく苦しめていた。中也をすべて理解しているようによそおって、綴の心は、もう最近の中也を見ていなかった。惚れた頃の記憶に肩まで浸かって、現実を見ることを拒み続けている。
「中也、この件はデリケートだから、現場の人間にしかわからないことがたくさんあると思う。だから、中也にはそういうものを集めてほしい。わたしは監視カメラを張って、なにか不審な行動があればその人物について中也と相談ののち、個人の端末をハッキングする。それがいちばん、いい方法だと思う」
「……わかった」
──それがいちばん、中也を傷つけない方法だと思う。
汚れ役はすべて自分が引き受けよう。そうして、傷つくならともに。綴は苦しいながらも合理最適解を探した。
──こんなところにまで、森さんはわたしの記憶に強く根づいてる。
──ほんと、やだな。