第3章 間奏曲
「それで、この依頼、受けてくれるかい?」
森はふたりをまっすぐ見すえて言った。けれどその言葉は、どちらかといえば綴に向けて言ったようだった。
視線が綴だけを貫く。余裕綽々な微笑みに、その空気感に、中也は恐怖すら憶えた。
「受けるよ。受けなければならない。わたしのためにも、中也のためにもね。だけど、」
──中也、ごめん。勝手に引き受けたりなんかして。でもね、わたしは、わたしのために、わたしを演じなければならない。
「だけど、この件の報酬ははずんでもらうよ。本来の仕事じゃない中也まで引っ張り出すんだから、とうぜんだよね」
にこにこ、にこにこ、綴と森の笑顔の応酬は怖い。中也になにも言わせないだけのたしかな迫力があった。
「そうだね。報酬については考えてあるよ。もちろん、中也くんにもボーナスを与えよう。今回は結果ではなく過程を重んじるから、たとえ間諜が見つからなくても、だ」
やった、と綴は口もとをほころばせた。心の中で泣きながら。
森の言葉は魅力的な提案をしているように聞こえて、実はちがう。裏切り者が見つからなくてもいい。結果なんてどうでもいいから、早急に教育を終えるように。たしかにそう言っていた。森はどこまでも残酷だった。
「間諜が外から目的のために入ってきた者なのか、それとも組織を裏切って寝返った者なのか、それすらなにもわかっていない。現場の人間だけがわかる不自然な違和感が噂となってただよっているだけだ。
──信じているよ」
中也が息を呑むのがわかった。
──あぁ、駄目だなぁ。
──もう少し、強くならなきゃ。
──太宰を追い出して、やっとここまで来たんだから。
──残酷になるって、そう決めたじゃない。
──しっかりしなさい、綴。