第3章 間奏曲
「「間諜探し?」」
「そう。それを、きみたちふたりに頼みたいと思ってね。間諜が潜入している。どうもそういった噂があとを絶たないものだから」
太宰が出奔してから四年。中也と綴は幹部として名を馳せ、その絆を深めていた。
そしていま、ふたりは森に執務室に呼ばれていた。
「ちょっと待って。情報屋であるわたしが間諜探しを依頼されるのはわかる。だけど、なぜ中也まで? わたしだけでは不十分なの?」
憤然たる、という様子で綴は腕を組んだ。
「そうではないよ。今回は間諜の正体や是非を重要視しない。これは中也くんのためなのだよ」
「俺の、ため?」
いぶかしげに首をかしげる中也をよそに、綴はなにかに気づいたように目を見開き、そして二の腕をつかむ力を強めた。
「綴くんは気づいたようだね。中也くんは仲間思いで部下思い、それは素晴らしいことだと思う。けれどそれは、──甘さでもある」
綴はこれでもかというほど表情をゆがめた。
「この仕事をする者にとって、甘さは危険を内包する。さいわい、中原くんには実力もあるし、裏切り者とわかれば処分できるほど気丈だ。要はわかってほしいのだよ。君が重きを置く仲間や部下の中には、金や権力に魅了され、組織を裏切る者もいるのだということを」
──これは、つまり。
綴は思う。〝わたしのせいだ〟と。自分を幹部にするには中也と一緒でなければならない。だからこそ、綴を幹部にする時期を早め、まだその段階に達していない中也を教育するのに綴を使おうというのだ。
──これは、わたしの業か。
綴がそんな条件を出したばかりに、〝中也と対等でありたい〟などと森に言ったばかりに、中也につらい思いをさせる。中也が大切にしている仲間を、部下を疑わせるなどという苦行を強いる。そのことがつらくて。
森はあえてそんな試練を課したのだ。〝おまえのせいだ〟と言うように。すべてをわかっているくせに。
──ほんと、いやになるほど怖いひと。
──わたしのせいなら、この依頼、断れないじゃない。