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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第2章 かの女










「よかったのか? あれで」



芥川が部屋を出ていって、あとには綴と中也だけが残された。

中也が訊きたいのは芥川のことだろう。
中也は、綴が芥川を弟のようにかわいがっていたことを知っているし、それがはじめは太宰を意識してのことだったにしても、最近では本心からだったこともわかっていた。そのうえで、芥川の願いをきいてやらなくてよかったのか、と訊いているのだ。





「よかったんだよ」





綴も苦しそうな顔をしていた。さっき芥川に話したことは本心だったけれど、叶うことならきいてやりたかったというのもまた本心だったからだ。



綴はたしかに太宰のことをきらっていて、中也の悩みのタネにしたくなかったし自分自身が不愉快なのもいやだった。

でも、それよりも。

芥川には、師に置いていかれたその悔しさを、その怒りを、自分で乗り越えて、バネにしてほしかった。それには、綴が力を貸してはいけないような気がして。




中也はその悲しみも、悔しさも、すべてをわかっていてなお黙っていたのだ。これは芥川の成長とどうじに綴の成長でもある。裏社会で育てば成熟しそうなものだが、綴はどうにも無邪気で、そして子どもっぽい一面があった。



綴は黙って中也に抱きしめられていた。ぎゅうっと背中に回された手がいとしい。たまらずに綴は涙を流した。

ほんとうに、実の弟のようだった。自分に弟がいたのかどうか、その記憶を綴は持っていない。家族に関する記憶は、無理に引き出しの奥底に閉まったように思い出せていない。といっても綴は三歳からの記憶しか持っていないのだが。


















──かわいそう。






かわいそうだった。師に見捨てられ、姉貴分にも裏切られた芥川が。太宰より黒く残酷になりたくて弟分を傷つけた自分も。叶うことなら、あぁ、でも。









──もう、遅いのか。







綴と芥川の間には、たしかな確執が生まれてしまったかもしれない。もう、もとには戻れないかもしれない。




──これで、あとには引けなくなった。




綴は中也の腕の中で、ひそかに、黒に染まる決意をした。

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