第2章 かの女
「芥川、それしまえ。綴になんかしたら、──俺が赦さねェ」
──あーあ、中也まで。このままだと、うやむやになっちゃうなぁ。なぁなぁで終わる気もしないし、ここはひとつ、わたしが。
綴は中也が自分をかばってくれたことが嬉しくて、上がりつつある口角を必死で下げた。表情筋がやわらかく作動する。その動きのはしはしまでが綴の海馬に色濃く残る。ずきん、と脳をしめつけるような痛みが綴を襲った。
──っ、近頃少しずつ頭痛がひどくなってるなぁ。
「ごめんごめん。芥川、太宰を愚弄するつもりじゃないんだよ。さっきの話だけど……、やっぱりわたしは太宰を探せないよ。それは、〝きらいだから〟ってだけじゃない」
綴は表情に真剣みを感じさせるように努力した。いつも飄々としているから、こういう真面目な話をするとき、誤解されやすいことを綴はわかっていたから。
「まず、ひとつめ。わたしの情報は迅速で正確だけど、そのぶん値段が馬鹿に高い。芥川に払えるの?」
「……僕も少なからず報酬をもらっているので」
──これじゃあ引いてくれないかなぁ。芥川はなんのために太宰の行方を知りたいんだろう。
「じゃあ、ふたつめ。太宰を探すことで、わたしになんのメリットがあるの?」
「え、そ、それは」
「あぁ、報酬のことじゃないよ? 実はね、この件に関して、わたしはお金を重要視してないの。でも、太宰が戻ってきたら、裏切り者として処分されるか、また幹部の位置について飼い殺しにされるか。どちらにしても、わたしは太宰の存在じたいが不愉快だし、なにより中也の悩みのタネになっちゃうから」
それだけは避けたいんだよね、と綴は笑った。芥川はその笑顔に少しだけひるみ、そのすきに中也が芥川を牽制するように背後に回った。
──なぜだ。綴さんはあくまで情報屋で、暗殺は請け負ったことがないはず。それなのに、この雰囲気はいったいなんだ。僕がおびえる理由はなにもないはずなのに、いったいこの得も知れぬ恐怖はなんだ。
──綴さんは、いったいなに者なんだ。