第2章 かの女
そのとき。
ばたばたと大きな音をたてて廊下を走る誰かを綴の耳が感知した。静かだった拠点の中に、一瞬にして喧騒がおとずれる。綴は監視カメラの映像を再生した。
そこには、黒い外套をひるがえして走る、部下の姿が映っていた。
「──芥川だ」
「あ?」
ばたんと扉が大きく開かれ、蝶番が悲鳴をあげた。そんなきしみには目もくれず、芥川は綴のもとへつかつかと歩み寄ってくる。その形相には鬼気迫るなにかがあった。
「綴さん!」
「ぅえ? わたし?」
綴はその表情でぴんときたけれど、確証がなくて訊き返した。
「中原さんのところだとお聞きして……。あの、──
──太宰さんを、探してください」
──ふぅん。やっぱりか。
「綴さんは腕のいい情報屋だと聞いています。あなたなら、太宰さんを探せる。僕が依頼します」
「太宰を探すのはわけない。だってわたしだもん。わたしの異能をもってすれば、太宰の居場所なんて片手間にでもわかる。でも、それは森さんの意思に反するよ。」
「……っ、それ、は、」
芥川が眉をひそめた。中也が不安げに表情をゆがめる。綴はそれを見て、中也の部下思いな性格を思い出した。
──中也にそんな顔をさせるのはいやだから、と。
「ごめんね、きみを傷つけたいわけじゃないの。ただ、わたし、太宰のこと、きらいだから」
──っ! 殺気!
「僕の師を……愚弄するな……、たとえ綴さんであっても……、……赦しはしない」
芥川の外套が黒獣となって牙をむいた。
中也が、まるで綴をかばうように立った。綴に戦闘はできない。芥川の羅生門に抗うすべを持たないから。
──どうしてそんなに、太宰に信奉できるのだろう。
──あれは、そんなにできた人間じゃないのにな。
そういえば、と綴は思いを馳せる。
──この子を拾ったのは、太宰だったっけ。