第2章 かの女
「やだなぁ、中也。わたしに、中也以上の男は現れないよ」
「そういうことを訊いてンじゃねェ」
──そっか。そうだよね。
中也が欲しいのはあくまで真実であって、いつものように飄々とした態度で納得するはずがない。なにより、綴は中也に対して強い態度に出られない。好いた男が女の弱点になるのは世の常だ。
綴は、はぁ、とため息をついた。
「わかったよ、白状する。誘いは受けたよ。でも乗ってない。昨日の夜わたしは、太宰がいなくなることを祝して、お気に入りのサイダーで乾杯してたよ」
「……そうか」
──まだ疑ってるのかなぁ。だからいやだったんだよねぇ。太宰は、なんでこうも面倒ごとばかり持ちこむのかね。
「わたしはもう、とっくに中也のものでいるつもりだよ。太宰に揺れるような、安い女に見える?」
綴は両手を広げてくるりと回って見せる。青いスカートがひらひらとふくらんだ。
「そこを疑ってるわけじゃねェよ。ただ俺は、」
手前が俺のもとを離れるのが、心底怖ェ。
中也はたしかにそう言った。綴は心が躍る思いだった。中也が自分に少しずつ揺れてきている。あんなにうざがっていた過去もあったのに。この際、妹分でもなんでもいい。中也と対等であれるのなら。
「わたしは、中也が望む限り、中也のそばにいるよ」
「俺が、望まなくなったら?」
「そのときは、──」
──そのときは、わたしは中也の前から姿を消すよ。そしてもう二度と現れない。
少し、いや、だいぶ悲しいけどね。そう言って綴は笑った。ひどく悲愴に、けれど清々しい笑顔だった。
中也はたまらず綴を抱きしめた。力強く、でも、まるで繊細なガラス細工を扱うように。そうでもしなければ、綴がどこかに行ってしまうような気がして。
その中也の背を、綴はあやすようにぽんぽんとなでた。鼓動にも近いそのリズムに、中也はひどく安心して、そして、胸もとで絶え間なく聞こえるその息づかいが、中也にとってもっとも心地いいもので。やっと気づいたその事実に、中也はすとんと腑に落ちた思いだった。