第8章 兄という存在
「察していると思うが、新しい刀はお前達粟田口派に縁のある刀だ」
悠青の言葉にまた気が引き締まったようで、きゅっと彼らの背筋が伸びる。だがその表情はわくわくと楽しみを抑えきれないもので、微笑ましく思った。
「紹介する」
言って、部屋の外へと顔を向ける。襖越しに映り込んで来た影が悠青とそう背丈の変わらない姿で、少年達の中には「え」と零す者もいた。襖の端から水縹色が顔を見せる。彼らは刀。付喪神になる前に、彼らはお互いに人の姿を認識していたのだろうか。そう思えるほど、少年達の表情が明るく輝くのは、すぐ様だった。その表情を見ながら、悠青は彼の名を告げる。
「粟田口派唯一の太刀、一期一振だ」
誰が一番だったか。綺麗に正座して並んだ様は跡形もなく、我先にと飛び出す少年達。薬研藤四郎と骨喰藤四郎だけが、ゆるりと立ち上がって彼に歩み寄っていた。
「いち兄!」
「いち兄が来てくれた!」
「いち兄会いたかったー!」
一期一振のそばで笑顔になる少年達を見て、ふと悠青は不思議に思う。兄弟刀とはいえ血の繋がりというものとはまた違う。兄弟のように共に遊んでいた、というわけでもない。刀派が同じといえど、ほとんど関わりのないものもいるだろう。それでも彼を、一期一振の顕現を喜び、こうして迎えている。それが不思議で、だがそれが彼らの感覚なのだろうと感じた。
「骨喰?」
ふと一期一振は、控えめに寄ってきている薬研藤四郎のさらに後ろに佇んでいる骨喰藤四郎に声を掛けた。骨喰藤四郎は名を呼ばれて反応したあと、ついと視線を落としてしまう。
「俺は燃えて刀だった頃の記憶がほとんど無い…だから…」
「燃えてしまったのは私も同じだよ」
一期一振の言葉に骨喰藤四郎がはっとする。一期一振、そして同じ脇差の兄弟刀である鯰尾藤四郎は、大坂夏の陣で大坂城と共に焼けてしまっている。その影響で、鯰尾藤四郎も刀だった頃の記憶が少し欠けてしまっている。
「それにだ、骨喰」
一期一振は優しい眼差しで骨喰藤四郎を見つめる。骨喰藤四郎もまた、一期一振を見つめ返していた。
「お前が私の弟である事に、なんら変わりはないよ」
「いち、兄…」
少し間があり、骨喰藤四郎が躊躇いがちに歩みを進める。粟田口派の兄弟達は皆、骨喰藤四郎を暖かく迎えたのであった。