第10章 【番外編】煙草の話
ふと煙草のにおいがして、日本号は鼻を唸らせた。刀剣男士として顕現する前には感じることのなかったにおいの感覚。それを煙草のにおいだと知ったのは出陣先だった。この本丸でも煙草を吸うやつがいたのか、と日本号は僅かに煙が立ち昇る角向こうに顔をのぞかせた。
「…主?」
「ん?日本号か、どうした?」
「いや、」
意外だった、と言うべきだろうか。まさか主だとは思っていなかった日本号は、若干気まずそうに頭をかいた。反して悠青は煙草を手にしたまま、日本号の様子に軽く首を傾げた。
「何か俺に用があったんじゃないのか?」
「いや、俺は、誰が煙草吸ってんのかと…」
「…あぁ、お前は俺が煙草吸ってんの見るの初めてか」
トントンと灰皿の縁で灰を落として悠青は再びそれを口にする。促されるまま日本号は彼の隣に腰かけた。
「ヘビースモーカー…重喫煙者なわけじゃないし、〝子ども〟の前では吸わないようにしてるからな」
「子ども」
「…俺の心持ちの問題だな、そこは」
実年齢で言ってしまえば最年少でさえ何倍も歳上だ。
「つまり、見た目がガキの前では吸わねぇようにしてるってわけか」
「そういうことだ」
「ガキの基準は?」
「打刀は大体駄目だな…」
「ははっ。なるほど、吸ってるとこ見ねぇわけだ」
なんせ近侍が見た目未成年だ。
「そういや加州はどうした?」
「今日は畑当番だ」
「あぁ、なるほど」
それでこうして一人煙草を嗜んでいるというわけか。
「主、俺も一本もらっていいか?」
「構わないが…お前も吸うのか?というか、刀剣男士も煙草吸うのか」
日本号に言われ、箱を差し出しながら珍しく目を瞬かせる悠青。そんな彼に笑いかけながら受け取り、火をつけてひと吸いした日本号は言った。
「なに、〝嗜好品〟を楽しむのも、人の身の醍醐味だろ?」
「…違いない」
小さく笑って二本目を手に取る。すかさず日本号がにっと笑みを浮かべて火を差し出した。そうして二人でのんびりと煙草を嗜む。珍しい二人きりの組み合わせに、通りがかった男士は度々目を瞬かせたのだとか。