第1章 アフロのカットは職人技
走りながら、つい顔がほころんでいってしまう。
土方さんの手前茶化しちまったが、姉さんに会えるのが素直に嬉しかったからだ。
姉さんは月に一回、真選組隊士の髪を切りに来てくれる髪結いだ。
俺たちは常に敵に命を狙われるような仕事をしているから、身動きが取りにくくなる上に無防備になる髪結床で襲われることが多い。
だから兵士たちが安全に身だしなみを整えられるように、何年か前から姉さんを真選組専任の髪結師として雇ったのだ。
三番隊隊長の斉藤終兄さんの部屋に行くと、兄さんは相変わらず机に向かって監察日誌を書いていた。
まったく、この陽気の中でこうまで真面目に仕事ができるなんて、さすが終兄さんでさァ。
「終兄さん、毎月恒例のアレの日ですぜ。一緒に行きましょーや」
俺が声をかけると終兄さんは静かに筆を置いて、音もなく立ち上がった。
そしてフッと風が頬を撫でたかと思った時には、すでに終兄さんは廊下の先を走っていた。
「あっ!終兄さん、抜けがけはズルいですぜっ!!」
俺は慌ててその背中を追いかけた。前を走る終兄さんの頭上では、鮮やかなオレンジ色のくせ毛がモッサモッサと揺れていた。
終兄さんは監察としての才能も申し分ない上に、剣の腕も滅法強い。隊の中で俺とまともに試合ができる数少ない人間の一人だ。
ただ、終兄さんは派手な見た目と裏腹に、極端に口数が少ないシャイなお人だ。
というか、口数が少ないどころか、終兄さんは一言も喋らねぇ。だから、長年一緒にいる俺ですらほとんど声を聞いた事が無え。
居眠りしている時に微かに漏れ聞こえる「Z~」といういびき?を、数年前に一度聞いたくらいだ。
だから、終兄さんが何を考え何を思っているのか分かる人間は誰一人としていない。
唯一、姉さんを除いては。