第6章 天主
それから信長様はまたしばらく仕事をしていたので黙っていたが、ついに沈黙に耐えきれず口を開いた。
「あの、御用って…?」
信長様が再びちらりとこちらを見た。
そしてまた書面に視線を戻して言った。
「貴様、城下のならず者に喧嘩を吹っ掛けたらしいな」
(え!?何で知ってるの)
あの現場には武将たちはいなかったはずなんだけど…
だが見廻り役の人が目撃してもおかしくはないくらいの騒ぎにはなってしまったのでまぁバレるのは必須ということか。
「はい、まぁ…」
そう歯切れの悪い返事をすると間髪入れずに信長様が尋ねてきた。
「貴様は丸腰だっただろう。何故庇った」
「何故って言われましても…」
私は首を傾げて言葉を整理した。
「あの状況で刀とか持ってる方もいらっしゃったのに皆見ていらっしゃるだけで、何もしないで見てるだけって加害と同じだと私は思うので騒ぎを大きくして誰かに通報する勇気を出して貰おうかなと思ったんです。まぁこれは建前で、実はとっさに体が動いただけなんですけれど」
信長様はいつのまにか書物から顔をこちらに向けて話を聞いていた。
「貴様が助けを呼ぶという発想はなかったのか」
「そうしたらその間に何があるかわからないじゃないですか」
「では貴様自身あのやり方で止めようと思った理由は何だ。他にもやりようがあっただろう」
信長様は相変わらず無表情のまま質問をしてきた。
「それは…」
私は口ごもる。
信長様の怒りに触れるのはこわいけど、ほぼ初対面の人に言って良い話でもない。
「何だ、言えぬのか」
信長様はつまらなそうに言った。
「おもしろい話でもないので」
私は切られやしないかと内心ばくばくしながら言った。
「構わん。話せ」
…なるほど、この人は織田信長だ。
ままよ、と思いながら言った。
「…絢が昔、同じシチュエーションの時にああやって助けてくれたんです」
そのときはじめてずっと無表情だった信長様の顔に微弱ながらも驚きの色があらわれた。