第9章 褒美
仕度もそこそこに私は秀吉さんが教えてくれた時刻通りに天主の下に着いた。
そこまで付いてきてくれていた女中さんたちもさっと離れて気付けば私一人が階段の下で佇んでいる。
(ラスボス感が半端ないんだけど)
そんなツッコミを心の中で入れて私は階段を上っていった。
──
「椿です。失礼しても?」
謎に豪華な襖の向こうの人に入室の許可を求める。
「入れ」
許可が降りたので襖を開けて中に入る。
「失礼します」
一礼をして一応挨拶をする。
「お忙しい中時間をくださり恐悦至極にございます」
(一回言ってみたかったんだよね、恐悦至極)
信長様はふん、と言って書類から目を離し、こちらに目線をやった。
「さっさと本題に入れ」
なるほど、信長様は無駄を嫌うらしい。
私も嫌いだけど。
「ではさっそく。褒美を決めましたので頂きたく存じます」
「言ってみろ」
「剣術を教えていただきたく」
私の返答に信長様ははじめて表情を少し変えた。
面白そうな表情をしている。
「理由は」
「先日と本日で自らの不甲斐なさを思い知ったからにございます」
絢が兵法の書や戦の記録を眺めていたのを思いだし、居てもたってもいられなくなったというのが本当のところだ。
何より体を動かしていないと鈍ってしまう。
「…」
信長様はじっとこちらを見ている。
(この人人間観察が好きなんだろうなあ)
そんなことを思っていると信長様は言った。
「よかろう。師も付けてやる」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
私は心の中でガッツポーズをする。
「では明日一の丸の道場に来い」
「はいっ!」
信長様はにやりと口角を上げた。
「俺自ら指導してやる。有り難く思え」
「え」
突然のカミングアウトに頭が追い付かず素が漏れ出る。
「何だ。不服か」
絶対面白がっているであろう信長様を前にした私はなすすべがあるわけもなく…
「いえ、身に余る光栄にございます」